証言1: 勝本の漁師たちの証言
「みんなの利益を守る」から始まった漁法
長崎県壱岐勝本。ここには、一本釣り漁法を大切に守り続けている漁師たちがいる。島の人口は約3万、半数の島民は漁業に携わって生計を立てている。そのうち、勝本町には2,500世帯、6,500人が住んでおり、内、約800人が漁業協同組合(以下、漁協)の組合員だ。
本マグロといえば、青森・大間産が消費者の間では有名だが、マグロを扱う市場の業者には、ここ勝本の本マグロが高い評価を受けている。
品質の良さでは逸品だ。品質が良い理由は、古くから守られてきた漁法、一本釣りにある。
一本釣りは、漁獲の際にマグロに与えるストレスを極力おさえることで、品質保持を可能にする漁法だ。5トンクラスの小型船に1人から2人の漁師が乗り込む。文字通り竿1本、人の力だけで、時には200kg近い本マグロを釣りあげる。魚を追い込んで、一網打尽に漁獲する「巻き網」漁とは違い、獲る量を調整でき、魚の獲りすぎを防ぐことができる。
勝本では、海の恵みを平等に分かち合う文化が根付いている。
組合員の合意のもと、漁協は昭和30年代に「網」を使う漁法を全面禁止し、「釣り」のみで地域の漁業を行なうことにした。
その結果守られてきたのが、皆が平等に魚を漁獲する機会を得られる一本釣りだ。魚の豊かな勝本の漁場では、多い時には300隻ほどの漁船が操業する。明け方5時頃になると、決して広くない優良漁場に漁船が集中する。しかし一本釣り漁に限定した結果、豊かな漁業資源を守り続けることができていた。
海の生きものの多様性が育むマグロの豊漁
一本釣りの対象は、マグロに限らない。現在、勝本の水揚げの5割はイカ、4割はマグロ、他種が1割を占める。壱岐周辺は対馬海流の流れが入り込み水道を形成している。
そのため、遠くの漁場に行かなくとも、たくさんのイカや魚来遊し、これらの魚種を餌にするマグロも漁場にやってくる。待っているだけで十分な生産が可能な「守り漁」が成り立ってきたのである。
この周辺のマグロは餌としてイカを好むと勝本の漁師は言う。釣れたマグロの胃袋を調べると30本ほどのイカがそのままの形で出てくる(写真)。この海域はイカの産卵場所と考えられており、イカの一本釣り漁も盛んだ。海の中の生きものの食物連鎖がうまく機能し、生物の多様性が豊かな漁場をつくっている。それがこの海の特徴だ。
しかし、豊かであったはずの海で、今、本マグロが釣れなくなってきている。本マグロの餌となるイカの漁獲量も減少している。(15cm前後のイカ=バライカ)
「本マグロが釣れないことも問題だが、餌となるイカの漁獲量が減ったことも問題だ。それにより本マグロが漁場にとどまらなくなった。」と漁師は語る。海の中で生態系のバランスが崩れ始め、日本有数の豊かな漁場は姿を変え始めているのだ。
本マグロとイカが減っていることは、海の恵みを大切に守ってきた勝本の漁業にとっては大きな打撃だ。
釣れない原因は何か
「巻き網漁が原因だ」と漁師たちは口をそろえて語る。以前はアジ、イワシ、サバを対象としていた巻き網漁。しかし、近年、巻き網漁でこうした魚種が獲れなくなり、勝本周辺でイカを大量に獲るようになったと言う。一本釣りと巻き網漁とが競合するようになったのだ。
一度に大量にとれる巻き網漁が相手では、一本釣りでの漁獲量は減少する。効率の良さで巻き網漁にはかなわないのだ。これに加え、日本海では巻き網漁による本マグロ漁獲が大幅に伸びてきている。こうした巻き網漁の転換が、勝本の一本釣りに大きな影響を与えていると口をそろえる。
「一本釣りの漁師にとっても、巻き網業界にとっても、資源が持続可能に利用できるよう適切な漁業管理措置をとってほしい」と勝本の漁師たちは行政に訴えてきた。しかし、この紛争を収められるような有効な管理措置は未だとられていない。
資源量が徐々に少なくなっている上に、漁師全体が平等に恩恵を受けるために培ってきた勝本の地域的な漁業管理が、今、危機に立たされている。